彼方より

日記や書評など駄文を綴ります、悪しからず。夢野久作と杉山三代研究会の末席を汚す者。https://twitter.com/pallentium

迷子

 日は暮れかかっていた。初めて遊びに行った友人の家から帰る途中、私は道に迷った。友人の家に引き返そうにも、その友人の家に行く道すらも思い出せず私は途方に暮れた。見渡せば四方は田畑ばかりで、夕焼けがその田畑を真っ赤に焼いていた。風に乗って、どこかの家の夕飯の匂いが私の鼻腔と空腹を刺激する。カレーの匂いだ。夕焼けの中、私は当てもなく歩いた。いくら歩いても見知った道に出ず、私は徐々に焦り始めた。

 時間は果てしなく感じられた。その時時間は止まっていたのかもしれない。いつまでたっても遠くに見える木々が赤く燃え上がっていたのだから。ほとんど強化に落ちいり、私はひたすらに駆けた。

 そして気づけば、見知った道に出ていた。時間は再び動き出したらしく、空はどんどん濃密な青に染まって行った。夜に取り残されないように、私は足早に帰宅した。

秘密基地のブランコ

 祖母の家の近くの林に備えられた誰が作ったかもわからない、小さな小さなブランコ。僕らはそこを秘密基地と呼んで、祖母の家に行くたびに遊んだ。かえってブランコに乗ることは少なかった。けれど木々の葉を通した光が緑色に輝いて、その淡い緑に包まれて小さな林の中を駆け回ることは幼い僕らにとって何よりの幸福だった。林をふと見上げれば、木々の隙間から漏れる白日が酷く眩しい。

 大きくなるにつれ、いつの間にかその林で遊ぶことはなくなった。あのブランコはどうなっているのだろうか。手入れのされなくなった鬱蒼とした林の中でまだひっそりと存在しているのだろうか。木製の椅子部分には苔が繁茂し、その表面は深緑に、ぬらぬらと輝いている。ブランコをぶら下げた紐には木々から枝垂れてきた宿り木の蔦が絡んでいる。

 

 誰も乗せることのないブランコは林を吹き抜ける風に静かに揺られている。

 このブログを開始してからもう随分と時間が過ぎたように思われます。季節は春を越えて、夏を巡り、秋へ。記事の数も気づけば130本以上になっていました。一時期、ものすごく読者数が伸びて多くの方に読んでいただいた当ブログも最近では閲覧数も減ったようで、斜陽に差し掛かっているのかなと思いますが、生きている限り辞めるつもりはありません。改めて、いつも読んでくださる皆様に感謝の気持ちをお伝えいたします。いつも読んでくださり、大変ありがとうございます。せっかくなので今日は読んでくださる皆様を意識して文章を綴ります。

 今日は昼過ぎに起きたのですが、バイトの疲れか何か分かりませんが頭がぼーっとして時間を無為に過ごしてしまいました。三時過ぎから洗濯物や部屋の掃除、夕飯の食材などを買いに行きました。夕飯のおかずはハンバーグ。私は香辛料を強めに効かせたほうが好きなのでナツメグを多めに入れて作りました。我ながら上手に作ることが出来てご飯も進みました。最近はお金を節約しようと思って以前親が大量に送ってきたカレーなどのレトルトばかり食べていましたので余計おいしく感じました。そのおかげでお金はかなり節約でき、食費は二週間で3000円もかかっていないと思います。この調子でいけば一か月一万円以内で済むのではないかと思っています。自分の過去の食費節約記録は一か月6000円です。その時はパスタを大量に買い込んで、同様に大量の作り置きのミートソースを作成し冷凍し毎食食べていました。お金はかなり節約できましたが、私の人間的な生活まで節約されたようで、もうやりたいとは思いません。

最近の変わったことと言えば、良く悪夢を見ます。何か月に一度、私は悪夢ばかり三露季があるのですが、その時期なのかもしれません。今日は大切にしている本にカビが生えたり、寝ている間に姉が僕の高い鼻を羨ましがり勝手に僕の鼻を自分と付け替え、ぼくの鼻が滅茶苦茶になる夢を見ました。僕の鼻に付け替えて誇らしげな姉が猛烈に妬ましく、夢の中で姉の首を絞めて殺してしまいましたがこれがなかなかのリアリティで殺している立場でありながら恐ろしいものがありました。他にも何か恐ろしい情景を見た気がしましたが、目覚めるとともに忘れてしまったようです。

 今日はこれからいま取り掛かっている論文の続きを書く予定です。うまく書ければいいのですが……。

 ここまで読んでいただきありがとうございました。

 それではまた明日。

 

 

 

 

 

 

 

生まれ変わったら鳥になりたい。美しい翼を持つ鳥。ハシビロコウになりたい。間抜けな面だと笑われるハシビロコウだがその翼は他のいかなる鳥よりも美しい。その翼の美しさを見たら世界が翳るほどには美しい。その巨大な翼を持ってしてもハシビロコウはよたよたと飛ぶ。それでもいい。僕は鳥になりたい。ハシビロコウになりたいのだ。

 

らべんだーのかほり

 刻一刻と時間が進んでいくことに対する焦り、それに対する記事を書こうと思っていたのだが気乗りしないので、何か違うことについて書きたい。とここまで無心でキーボードを打鍵したが、この段階に至っても書くことが思い浮かばず。ああ、何を書こう。

 今日は家にラベンダーの香り袋が届いた。僕の家の本棚にもしかしたら虫が湧くのではないかと疑ってしまったら気持ち悪くなったから、虫が嫌う匂であるラベンダーの香り袋を買ったのだ。もし虫同様に、その匂いを好まなかったらどうしようかと思ったが、どちらかと言えば好きなにおいだったので安心している。なかなか女子力が上がったのではないかと思う。まあ、そのうち鼻が慣れてそんな香り感じなくなるだろうが。

 明日は溜まった洗濯物を洗濯物を片付けてしまいたいところ。この前したばかりだが、部屋の掃除もまたしたい。

 そういえば、筋トレ、続けてます。段々筋肉が付いてきました。初めのうちは全然できなかった腕立てもどんどん回数を伸ばしています。

 それでは、おやすみなさい。この記事を見る人が何時に見るかは分からないけれども……。

真っ赤な風船

高校2年の時に書いた小説めいた謎のものです。

 

 ある広い青空の下の公園で風船が飛んでいました。大きな大きな風船です。赤い赤い風船です。持ち手の大きな、風船です。それは白い雲と、青い空に、よく映えていました。

  女の子がいました。一人で泣いていました。お母さんとはぐれて泣いていました。それはそれは、長い間、長い間、泣いていました。
 女の子が泣いていると、大きな大きな風船が、目の前に流されてきました。女の子は掴もうとしましたが、どうしても、もう少しのところで掴めないのです。
どうしても掴めないので、女の子は小さな小さな体で、力を振り絞って、飛び跳ねました。女の子は、自分が思っている以上に、高く高く飛びました。それこそ、風船と同じくらい。考えてみれば、風船は、実は女の子が思っているより、ズウーッと低いところにあったのです。
そのうち、楽しくなって、何度もなんども、高く飛び跳ねました。風船のことも忘れて。
 女の子がまた、跳んだそのとき、風船がわずかに風に流されて、女の子のところへふわふわと向かって行きました。
 風船の大きな大きな持ち手が、着地しようとする女の子の首に引っかかり、着地を妨げました。風船は女の子のことも気にせず浮かんでいます。女の子は苦しくなりましたが、そんなこともいずれ気にならなくなりました。何と言っても、空を飛べているのですから。
 風船は次第に高度を上げると、女の子の首を持ち手にぶら下げて、遠くへ飛んで行きました。どこまでもどこまでも遠くへ。

 いつのまにか空は風船と同じ真っ赤な色に染まっていました。風船は夕焼け空に溶けて、女の子飛んでいるようでした。

 本当に本当に飛んでいるようでした。

 風船は、今も飛んでいます。今もどこかで、女の子の首を捉えて、飛んでいます。女の子もきっと飛んでいることでしょう。

夢野久作は夢を見ていたか?

私にはそうは思えない。彼の作品は一見して夢を描いたようなものに見えるけれど良く見つめれば現実が濃縮されたものだとわかる。夢見がちな作風と一蹴するのはどうだろうか。強度な現実感に裏打ちされた幻想的な作風。それこそが久作の作風だ。